TALKS ABOUT DA BOMB

Sucholi & Kim Gwangho

|座談会| TALKS ABOUT DA BOMB -Part 1-

~盟友キム・ガンホを迎えて~

 

話し手:スチョリ&キム・ガンホ

聞き手:citymusic代表/柳本篤

2014年も残りわずかとなった12月下旬、スチョリの7インチ・シングル「みんなのうたEP」リリース記念として、盟友キム・ガンホを迎えて座談会を行なった。楽曲制作のいきさつ、7インチへのこだわりと想いなどたっぷりと語ってもらった。とはいえ気心しれた2人、そして忘年会シーズンだったことも手伝って、しゃべるわ飲むわの長丁場。座談会が終了したのは、深夜3時を過ぎていた…。

TRACK 1 :

よく飲んで、よく話した2014年

―改めてリリースおめでとうございます!

 

スチョリ : いやいや、ありがとうございます。

 

ガンホ : 念願叶ったね。真っ先にやったね、昔からラリーパパでもアナログ出そう出そうって言うてたけど。

 

スチョリ : 結局、周りが背中を押してくれたというか。ありきたりですけど。

 

―でも今年(2014年)はこの3人でよく集まりましたね。

 

スチョリ : 集まりました。そして飲みましたね。この3人で<チーム・タルサ>結成しましたね。でも今年は元をたどればcitymusicですね。じゃないとガンホとこんな飲むことなかったし。

 

ガンホ : いやー、ないない(笑)ほんで振り返れば再結成もデカいんじゃない?2010年の。あのときにすごいボックス作ってくれたやんね。

 

―そうそう、勝手にお祝いをしようという企画で(笑)※註1

 

スチョリ : あ!あれや!変態的なやつ!でもあそこに収録してる高田渡さんトリビュートの曲 (しらみの旅)がいちばん聴きたかったんですよ。全員はっちゃけてるやつ(笑)あれ、レコーディングも楽しかったな。当時『ミュージック・マガジン』でも取り上げてくれて。「ラリーパパだけ異質だ」って(笑)でも華やかに渡さんを送り出してるって書いてくれてて。

 

―「しらみの旅」をセカンドラインでやってる、というのがね。送り出しがしっかりとニューオーリンズ・マナーというか。

 

ガンホ : 渡さんのキャラもあるしね。

 

スチョリ : あのアレンジはヒョンレのアイデアですね。ほんまに楽しいレコーディングでした。

TRACK 2 :

ロジャー・ティリソンが遺してくれたもの

―なんといっても今年はガンホくんがタルサに行ったことが大きかったです。

 

スチョリ : そうですね、大きかった。制作にも大きく影響しました。そもそも今年は弾き語りのアルバムを出す予定でしたから。来年はそれをバンド編成で出すつもりが。どこで変わったんやろ?

 

―そうでしたね、同じ曲を同じ構成で弾き語りとバンド編成の両方で作って、半年スパンで出すって今年の春くらいに言ってましたね。でもふたを開けてみると7インチ。

 

スチョリ : 去年の今頃はただただヘコんでただけですけどね。citymusicが6月?あ、5月か、復活宣言したのは。まあ豆さんがやるって言わんかったら誰もやらへんやろし(笑)というか立ち上げた人間が同じことやるっていうのもしんどいし。(※豆さん=citymusic代表・柳本篤のニックネーム)

 

ガンホ : また同じことの繰り返しになるしね。

 

スチョリ : 今考えると理想の形ではあるよね。外部の人間というか、ラリーパパを知ってて、なおかつバンド・メンバーじゃない人間が新しい血を流し込んでくれたというか。

 

―外部だからこそ冷静でもいれました。そういう流れもあってか、今年はスチョリ&ガンホでライヴよくやりましたね。

 

ガンホ : うん、かなりやった感じあるなぁ。

 

スチョリ : やりましたね、3本くらい?名古屋も行ったね。

 

―今年は6月、8月、9月、11月に2本、計5本ですね。

 

スチョリ : 5本は多いな。でもね、ムジカでガンホとやるのがいちばん楽しい。あそこは無法地帯というか(笑)

 

―悪スチョリが降臨しますからね(笑)

 

スチョリ : イタズラ心がもうねえ、爆発しちゃって。歌聞かせるよりも…。

 

―「ガンホはパンツ穿いてません宣言」とか。

 

ガンホ : オレが大変やったわ(笑)

 

スチョリ : せやけど、てんまのいえもよお来たなぁ。憩いの場所ですよ。(※座談会の収録場所)

 

―ここはライヴもやりましたし。こんなに外に出たがらないスチョリくんが(笑)

 

スチョリ : ほんま出ないですよ!いや、でも、これも含めてすべてが今回のリリースにつながってます。

TRACK 3 :

ダ・ボンは寅さんがモチーフ

―今年はcitymusicの復活があって、ガンホくんのタルサへの旅があって、さらにスチョリくんの7インチが年内で形になって。

 

スチョリ : ガンホがタルサから帰って来て、親日家のジャッキー(ロジャー・ティリソンの奥さん)に『寅さん(男はつらいよシリーズ)』のDVDを送ってあげたいって言ってて。それが頭に残ってたんですよね。で、それで日記を読んでいくうちにテーマ曲みたいなのを作りたいと思ったんですよね。

 

ガンホ : そんな残ってたんや(笑)

 

スチョリ : そうそう、残っててん!(笑)だから「ダ・ボン」の構想は『寅さん』のテーマみたいなのを、っていうのが最初。あと豆さんが6月のイベント『Good Time Music (Again) vol.1』でタルサ日記を冊子にして配布したいって言ってたでしょ?

 

―ええ、言ってましたね。

 

スチョリ : それやったら1曲テーマ曲のようなもんを作って、音も付けて配布したら面白いなっていうのも構想としてあったし。

 

―なるほど、伏線としてそういうのもあったわけですね。

 

スチョリ : そう、ほんでそれやったらラリーパパで演奏してもええな、ということも考えたり。

 

ガンホ : いくつかキーワードがあったんやね。

 

TRACK 4 :

7インチの構想とレコーディング・メンバー

―7インチでリリースという発想は?

 

スチョリ : ここ数年、ミュージシャン仲間の間でもアナログの話をよくしてて、まあこの手の音楽やってる人はいつかアナログで出したいっていうのがあるじゃないですか。春にテソンくん(リーテソン)と共演したときに「どうせ出すんやったらカッコええもん出したい。7インチとか出したいですわ」って言ってて。それもまた頭に残ってたんですけど、ホントに自分が出すとは思ってなかったです。完全なフラッシュ・アイデアというか。辻(凡人)くんにいっぺん聞いてみようと。そしたらすぐに段取りしてくれて。

 

―最初はそこまでこだわりがあったというわけでは…

 

スチョリ : なかったですね。でも作ってみたら最高でしたね。これや!これや!と(笑)

 

ガンホ : はははっ!想像を上回る感じやったんや。

 

スチョリ : あ!思い出した!「ダ・ボン」作ってるとき、最初はトランペット探してたんや!

 

ガンホ : 言うてたな、うん、覚えてるわ。

 

スチョリ : で、辻くんに聞いたんですよ。何人かおるっていうことやったんですけど、結局それは実現しなくて。時系列的にはそのとき辻くんに「ダ・ボン」のデモを聴かせたら、めっちゃええやん!と。で、7インチ構想もそのときに話しましたね。

 

ガンホ : トランペット探してるってスチョリが言うから、オレもいろいろ当たったりしたなぁ。

 

―最終的に今回の曽我清隆さん率いるザ・ハイタイムローラーズに決定したわけですが、どういう経緯だったんですか?

 

ガンホ : そうそう、それオレも聞きたいねん。すぐ決まった感じあったやん。

 

スチョリ : いや、それがすぐということでもなかってん。パイレーツ・カヌーのメンバーに聞いてみたりとか、テソンくんにも聞いたりとか。最初は関西で固めようと思ってたけど難しくなって。で、アンドウケンジロウさん、カセットコンロスの。アンドウさんは関東、横浜の人脈があって。それでイメージする音(トラッド・ジャズ)を聞いてもらったら「あ、いるいる、いい人いるよ、あの人だったら間違いないよ」って(笑)それで紹介してもらったのが曽我さん。

 

ガンホ : へぇー。

 

―レコーディングは別録りですか?

 

スチョリ : 「ダ・ボン」に関しては、歌も含めて全部一発録りです。先に「ダ・ボン」を録音したんですよ。曽我さんたちはやっぱり職人というか。こっちの要望、例えばソロとかもうちょっと明るめとか暗めとかこっちのイメージする通りにやってくれて。一発録りでテイク3くらいまでやったんかな?間奏のソロ(曽我さんのトランペット)は明るめの演奏もあったりしたんですけど、旅してるヤツは不安を抱えてて哀愁があって…。言葉がなくてもこのソロで伝わってきますね。

 

ガンホ : あ、わかるわかる。ちょっとしょぼくれた感じね。

 

スチョリ : そうそう、影があるというか。

 

ガンホ : やっぱ寅さんやな。

 

スチョリ : その流れで「みんなのうた」も一発録りしたんですけど、さすがに歌がうまく乗らなくて。テイク3くらいで「すんません、歌無しでやらせてください」と。その発言でちょっと現場の空気がね、ピリッと(笑)でもそこから演奏に集中できたしバンド的にもよくなって、歌はあとから入れました。全員帰ってから歌入れしたんやったかな。

 

ガンホ : オレは辻くんのあのドラムはやっぱ好きやな。ああいうのおれへんわ、やっぱり。オレ(演奏が)走るクセあんねんけど、昔からよく辻くんに怒られたりしたなぁ(笑)

 

―レコーディングは「ダ・ボン」が先だったんですね。今回、7インチ購入者には「ダ・ボン」の弾き語りバージョンがダウンロードできます。このレコーディングはどんな感じで?

 

スチョリ : 深夜2時に録りました。

 

―あれ、深夜感ありますね。

 

スチョリ : あるでしょ。バンドの録音も楽しかったけど、僕はあれがいちばん印象に残ってるんですよ。バンドの録音が終わって全員帰ったあと、ずーっとテープ回しっぱなしにしてもらって。3,4テイクくらい録ったんかな。

 

―弾き語りだからこその生々しさもあって。よく聴くと歌い出し直前のブレス(リップノイズ)もしっかり入ってて。

 

ガンホ : ちょっと疲れてる感じもあるんよね、あれがいい(笑)

 

スチョリ : あるある(笑)最後のテイクなんで。いいものかどうかはちょっと置いといて、記録としては良かったな、と。辻くんはすごいよかったって言ってくれましたけど。まあ今後自分で聴くことはほとんどないでしょうね(笑)

 

―それって過去作もあまり聴かないですか?

 

スチョリ : うーん、あんまり聴かないですね。時間が経ちすぎたものとか、例えばラリーパパとかは逆に聴いたりもしますけど。

 

―ガンホくんはどうですか?

 

ガンホ : オレは全く聴かないね。

 

―でも頭の中でちゃんと鳴ってる感じ?

 

ガンホ : そうやねぇ、そんな感じかな。なんちゅうか、それでもう閉まっときたいなって感覚かな。チルドしてしまいたい(笑)

 

スチョリ : プレイヤーとシンガーの違いとかもあるのかな。ガンホみたいなプレイヤーはライヴとかそのときどきで記憶に残したいっていう感覚が強いのかも。

 

ガンホ : あー、それそれ。

 

―だからお二人に昔のことを聞くと、同じことでも記憶のポイントが微妙に違うんですよね。それがまた面白い。ガンホくんは意外と細かいところまで覚えてたりするし。

 

スチョリ : そうそう、だからガンホが覚えてるとこは僕が覚えてないとか、よくある。

 

TRACK 5 :

日本語に直すことに違和感があった

―「ダ・ボン」という言葉の意味なんですが、11月のライヴのMCでガンホくんがちょっと話してましたよね。

 

スチョリ : 実は後付けの部分もあったりするんですけど。

 

ガンホ : え、後付けなん?でも<ダ・ボン>っていうのは最初から(詞が)あったんちゃうの?

 

スチョリ : いや、曲作るときに気づいたら<ダ・ボン>って言うてた。で、<ダ・ボン>って言葉自体があるかどうか調べて。

 

ガンホ : 最高とかいう意味やんね。<The Bomb(ザ・ボム)>から<Da Bomb(ダ・ボン)>。

 

スチョリ : 90年代のHIP HOP、R&Bシーンから出てきたスラングらしいです。「サイコーだぜ」とか「クールだぜ」みたいな意味で。僕の音楽性とはちょっとズレはあるんですけど、「素晴らしい」という意味も含まれてるらしく。曲作るときによくやるんですけど、適当な英語乗せるんですよ。それで気づいたら「ダ・ボン、ダ・ボン」って言ってた。

 

ガンホ : スキャットみたいなニュアンスやんね。

 

スチョリ : でもそれを日本語に直すのが違和感あって、じゃあもうこのままで、と。でもガンホのタルサ日記があって、こういう感じで曲ができたのはよかったですね。ほんま曲できるまで早かったもんなぁ。

 

―ガンホくんが旅に出て、日記にして、それをスチョリくんが読んで曲作って。これは今までにないパターンですよね。

 

ガンホ : だからスチョリに新曲書かせようと思ったら、オレが旅に出なあかん(笑)

 

スチョリ : ほんまやな(笑)で、辻くんにも今回の意図を伝えたら、よしわかった、やろう!って言ってくれて。そこからもまた早かった。心斎橋のケーキ屋さんで数年ぶりに再会しましてね、店内は若い女の子ばっかり。その中でおっさん2人でハートランド飲みながら。出てくる言葉はタルサとか7インチとか(笑)

 

―今回は鮮度とタイミングですね。

 

スチョリ : ですね、あと人選。そこは辻くんの功績。スケジュールも過密で元々やろうとしたことがダメになったあと、違うことが出てきて進んでいく、という。運もよかった。

 

ガンホ : なんか神がかってるよな。ロジャーが「もう出してまえ!」って言うてたんちゃうかな。

 

スチョリ : あ、でもそれも感じるね。

 

TRACK 6 :

縁が運んできたもの

―今回の7インチはスチョリくんの自主レーベル「MOON COUNTRY」からのリリースです。

 

スチョリ : そうですね、名前だけで運営はほぼcitymusicという(笑)

 

―ソロになってから「MOON COUNTRY」っていうイベントやってましたよね?

 

スチョリ : やってました。「MOON COUNTRY」ってそもそもホーギー・カーマイケルの曲で。

 

―そうですよね、そこからの流れもあって。

 

スチョリ : ソロになってすぐにスチョリ名義で活動するようになって、レーベル名もどうしようかなと。曲名からいろいろ候補出したんですよ。で、ホーギーの「MOON COUNTRY」はCOUNTRYが入ってるし、なんとなくラリーパパとのつながりもあるし、響きもええし、これにしよう、と。そこからイベント名も同じにして。今では自主イベントも休んでてほとんど使ってなかったけど、変える必要もないから今回使おうと思ったんです。

 

―ホーギー、僕も好きですねぇ。「MOON COUNTRY」も好きな曲です。ジェフ&マリアの「レイジー・ボーンズ」とかレイ・チャールズの「我が心のジョージア」とか。※註2

 

スチョリ : リチャード・マニュエルも歌ってる。

 

ガンホ : なるほど。

 

スチョリ : 菅野カズシゲさんにジャケットのイラスト頼むときに、ロジャーの写真も参考に見てもらったんですけど、最初は「MOON COUNTRY」を入れて、とは言ってなかったんですよ。まさかこんなレーベル・ロゴができるとは。

 

ガンホ : あ、そうなんや。

 

スチョリ : 打ち合わせの時に菅野さんが写真見て「トラクター使えますね」って。で、数日後ラフが届いたときすでにトラクターと月があって。それ見て僕もテンション上がって「ジャッキーって奥さんがいてね、馬とか犬もたくさんいるんですよ!」って言ってたんですけど、さすがにそんな細かいもんは描かれてなかったですね(笑)

 

ガンホ : でも家があって、木もあって、月もあって。

 

―そもそも菅野さんに依頼するきっかけって何だったんですか?

 

スチョリ : これも偶然いうか。もともと僕は菅野カズシゲさんの大ファンでして。うちの玄関に菅野さんのイラストを額に入れて飾ってるんですけど、FULL SWINGの山口(ゆきのり)くんが僕の家に泊まりに来たときに「これ、菅野さんじゃないの!?」って。

 

―それがきっかけ?

 

スチョリ : そうです。それまで山口くんと菅野さんの話とか全くしてなかったし。

 

―でもFULL SWINGのアルバム・ジャケットは菅野さんだったし。

 

スチョリ : いや、それも知らなくて。

 

ガンホ : あ、全然知らんかったんや。

 

スチョリ : あのタッチで描くって知らなかったんですよ。それから山口くんが菅野さん紹介してくれて。いろいろ話し聞くと昔ドリームズヴィルの作品もよく聴いてたらしく、ラリーパパのことも聴いてくれてたみたいで。それもあって話が早かったですね。

 

ガンホ : てっきりスチョリが菅野さんの大ファンやから最初から頼み込んだんやと思ってた。

 

スチョリ : もちろん大ファンやったけど、凄い大御所で俺なんかが頼めないと思ってた。あのとき山口くんが見つけてくれなかったら…。

 

TALKS ABOUT DA BOMB Part 2

※註1 : ラリーパパBOX

citymusic柳本による完全自主制作ボックス『アンソロジー・オブ・ラリーパパ&カーネギーママ』(非売品)オリジナル音源や貴重なスタジオ・ライヴ、ラリーパパのルーツ音楽なども収録した豪華6枚組仕様。当時の再結成を"勝手に"お祝いする、という企画でメンバー全員にプレゼントしたところ、その内容の濃さに一同驚嘆。

※註2 : ホーギー・カーマイケル

1899年生まれ、アメリカ出身の作曲家/歌手/ピアニスト。ジャズのスタンダードで知られる「スターダスト」を始め「我が心のジョージア」「レイジー・ボーンズ」「ロッキン・チェア」など代表曲多数。ジャズ界のみならず、レイ・チャールズやザ・バンド、エイモス・ギャレット、ジェフ・マルダーなどロック/ソウル界にも大きな影響を与えている。また俳優としても『ララミー牧場』('59~'63)などに出演。1981年没。